おへんじ・その2
第七旋法 Another sideさんでもコメントいただいてます。
ショーとかですと、画面内のオブジェクトの動きが基本的には自分の自由にならないので、構図を作りこんでいくよりも瞬間を切り取る能力みたいなものが必要そうですね。
動物の写真なんかも似ているかと思います。以前近所の猫が遊びに来たのをカメラで撮ってみたことがありますが、かなり難しかったのを記憶しています。(まあ、猫の場合はカメラ向けると嫌がるから、かもしれませんが。)
私はそういうのが結構にがてで、タイミングをどうも逃してしまいがちです。仕方がないので、連写とかでメモリを使って数撃ちゃ戦法に出ることも…。(汗
何も考えず単純に視線があっち向いてるという写真を撮っても仕方がないというのは、仰るとおりだと思います。
結局のところ、視線をカメラからはずすということは、基本的には「何を見ているか」を見る側の想像に任せるようにする表現手法ではないかと。(もちろん、目線の先にあるオブジェクトがフレームの中に一緒に入っている場合もありますが。)
あえて余白を残しておくことで見る者の想像力をかき立てる、というスタイルは一般的に芸術においてもよく見られるところだと思います。俳句や詩などはその極致ですよね。
つまり、若干大仰なことを言うと、写真を撮る側というのは常に見る側としての視点(「この写真を見たら何を考えるだろう?」と自問する姿勢)も持ちながら場面を切り取っているのかな、と。
実際現場でそんな理屈まで考えながら撮っているかというとそんなことはなくて、私の場合「この光景を残したい!」という衝動に突き動かされているだけのような気もしますね。
結局は、自分がどういう絵(写真)を見たいか、というところに行き着くのではないでしょうか。もちろん、それをじっくり狙っていけるのは、ある程度指示を出しても聞いていただけるからでしょうけれど。
そういう意味では、こういった撮影というのは、画家が絵をかくのに似ているところがあるのかも知れません。
じっくりと絵作りする、また目の前の瞬間を押さえる、両方出来れば素晴らしいと思うのですけれど。
露出はわりと自由になるようになってきましたが、構図についてはまだいろいろ勉強中です。どんどん撮って練習しないといけないなと思っています。
メイドさんと私 改め